ノーベル物理学賞2025 ― 巨視的トンネル効果が開いた「量子の扉」

2025年のノーベル物理学賞は、量子コンピューターの基盤となる「巨視的トンネル効果」の観測に贈られました。1980年代の発見がどのように現代の量子技術へとつながったのか。日経新聞(2025年11月2日朝刊)の記事をもとに、その意義と広がりを紹介します。

🧭 はじめに

2025年11月2日の日経新聞の朝刊サイエンス面に、量子コンピューターの未来を語るうえで欠かせない記事が掲載されていました。

ノーベル物理学賞の受賞テーマは「巨視的トンネル効果」。量子力学の奇妙な世界を、私たちが扱えるスケールにまで引き上げた研究です。その成果は、今や量子計算から医療機器まで幅広く生きています。                       

🧪 巨視的トンネル効果を観測した3人の研究者

今年のノーベル物理学賞は、米国の物理学者ジョン・クラーク氏、ミシェル・デボレ氏、ジョン・マルティニス氏の3人に授与されました。

彼らは1980年代半ば、超電導回路を用いて「巨視的トンネル効果」という現象を世界で初めて観測しました。理論上は知られていた量子現象を、実際の電気回路という“人間の手で作れる規模”で再現した点が高く評価されました。        

🌌 トンネル効果とは何か

量子とは、電子や原子などの微細な粒子のことです。その振る舞いの一つが「トンネル効果」と呼ばれる現象です。

通常なら通り抜けられないエネルギーの壁を、量子粒子が“すり抜けてしまう”というもので、1973年に江崎玲於奈氏らがこの効果を電子素子で確認し、ノーベル賞を受賞しています。この量子的な「抜け道」が、もっと大きなスケールで起こることを示したのがクラーク氏らでした。1984〜85年の実験で、彼らは超電導回路にマイクロ波を照射し、電子の波の位相が変化してエネルギー障壁を越える現象を確認したのです。これが「巨視的トンネル効果」です。     

⚙️ 量子コンピューターへの応用

この発見は、量子コンピューターの基盤技術として受け継がれています。                              特に「超電導方式」と呼ばれるタイプでは、巨視的トンネル効果を利用して量子状態を制御します。日本では理化学研究所の中村泰信氏が1999年にこの方式の素子を開発し、今回の受賞研究をその出発点として評価しています。

米グーグルやIBMも同方式で開発を進めており、マルティニス氏はグーグル在籍時の2019年、従来のスーパーコンピューターを上回る計算を達成した「量子超越」を報告しました。                              

🧠 医療や地球科学にも広がる応用

クラーク氏の成果は、量子計算の枠を超えて医療や観測技術にも応用されています。同氏が開発に関わった「超電導量子干渉素子(SQUID)」は、超微弱な磁場を検出するセンサーとして知られ、脳の神経活動を非侵襲的に測定する医療機器や、岩石の磁性を分析する走査型SQUID顕微鏡などに利用されています。                    

🌍 量子科学100年の節目に

量子関連の研究がノーベル物理学賞を受けるのは、2022年の「量子もつれ」以来3年ぶりです。2025年は、ハイゼンベルクらが量子力学の理論を発表してからちょうど100年。国連もこの年を「国際量子科学技術年」と定めています。

量子コンピューターや量子暗号通信といった応用技術が現実の社会に広がり始めた今、今回のノーベル賞は“量子の時代”が本格的に幕を開けた象徴的な出来事と言えるでしょう。                               

🧩 まとめ

• 受賞テーマ: 巨視的トンネル効果(1980年代に実証)                                       • 受賞者: ジョン・クラーク、ミシェル・デボレ、ジョン・マルティニス(米国)                          • 意義: 量子現象を制御可能なスケールで再現し、量子コンピューターなどの基礎を築いた                      • 応用: 超電導量子計算、脳活動計測、地質分析など                                      

量子の理論から100年。人類は、ようやくその“奇妙な法則”を実用の世界で操り始めたのかもしれません。

2025年11月2日 日経新聞 朝刊サイエンス面
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG157ZY0V11C25A0000000/?fbclid=IwY2xjawN2Lw1leHRuA2FlbQIxMQABHs6Sh4-nSGyh-wNhNEumzhttYEh_7Jo30T8eDAeCqtV45FzCQL6UARZeY80C_aem_f8QnKaTIJowB0mHL7FoF8g

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