命の糸を紡ぐ遺伝子:日本人の長寿の謎

本日(10月6日)の日経新聞 朝刊サイエンス面に掲載された連載記事「科学で迫る日本人 病との戦い(中)」をご紹介します。

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日本人は世界でもトップクラスの長寿を誇りますが、生活習慣や医療体制といった環境要因だけではなく、遺伝的な要素も重要な役割を果たしているようです。近年、百寿者のゲノム解析など、長寿に関わる遺伝的特徴が少しずつ明らかになってきています。

まず、寿命を左右する要因の一つとして、高血圧が挙げられます。大阪大学の研究チームが行った解析では、日欧の約70万人のゲノムデータを基に、肥満や高血圧、高コレステロールなどの健康リスクを調べました。その結果、高血圧が最も寿命を縮める要因であり、心筋梗塞や脳卒中といった循環器疾患のリスクを高めることが明らかになりました。特に日本人は、欧米人と比べると肥満になりにくい傾向がありますが、その代わりに糖尿病や腎臓の疾患に悩まされやすいという特徴があります。これは、血糖値を下げるホルモン「インスリン」の分泌が欧米人の半分程度であることが影響しているのです。

また、百寿者のゲノム解析からは、長寿に関わる遺伝的な特徴が見つかっています。慶応義塾大学の研究によれば、認知症、糖尿病、循環器疾患になりにくい遺伝的背景を持つ人が、一般の日本人よりも多いことが示されています。特に、認知症に関連する「APOE4」という遺伝子に注目が集まっています。APOE4を持つ人はアルツハイマー病のリスクが高まるとされますが、百寿者の中ではこの遺伝子を持つ人の割合が非常に少ないことが確認されています。日本人全体では約2割が保有しているのに対し、100歳以上ではその割合がわずか3%にまで低下しています。APOE4は、認知症だけでなく、長寿のリスク要因とも考えられているのです。

さらに、循環器疾患に関しては、理化学研究所のチームが日欧60万人分のゲノムデータを解析し、欧州人には見られない、日本人に特有の遺伝的変異を見つけました。その一つが「PCSK9」という遺伝子で、この変異により血中コレステロール値が低く保たれ、動脈硬化が起きにくくなることが分かっています。この変異は日本人の冠動脈疾患のリスクを下げる「保護的な変異」として注目されていますが、一方で遺伝的なリスクも複雑に絡み合っており、遺伝子だけで長寿を説明するのは難しいとされています。

寿命を決定する要因は、遺伝子だけではありません。環境要因が寿命に与える影響は大きく、遺伝的な要因が占める割合は10〜25%程度に過ぎないという報告もあります。とはいえ、こうした遺伝的な違いが、少しずつ長寿に寄与している可能性は否定できません。結局のところ、遺伝子が持つ潜在的な力と、環境要因の組み合わせが日本人の長寿を支えているのです。

日々の生活習慣や医療の進歩も重要ですが、私たちの中に秘められた遺伝子の糸が、未来の健康を紡いでいるのかもしれません。

2024106日 日経新聞朝刊サイエンス面
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG256GJ0V20C24A9000000/?fbclid=IwY2xjawFxl-ZleHRuA2FlbQIxMQABHbhfduW7W6IP4lVPIHtH8Cg1X-r-mIcXO7gwfkYPo4vN7Csg2ptfjKcPRg_aem_bxG6_b_70POsT6unQV-P5A

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